アキバのつぶやき
2025.03.09
不思議以上のミステリーを体験!
先日の平日、ご実家をご相続登記された所有者様のお宅に訪問いたしました。弊社からは距離のある所にお住まいでした。普段は他の用事を兼ねて訪問することが多いのですが、結構寒かったのですが、その時は何故かその方のお家だけを訪問しようと気持ちが沸き起ったのです。
とある超一流ハウスメーカー様の立派なお家でした。意を決しインターフォンを押しましたがお留守のようで応答がございませんでした。小雨が降ってきましたので、名刺をお手紙を投函して帰社しようかとしていた時に、高級車が近寄ってきました。どうも住民の方の様でしたので、投函せずに車に近寄りました。車のウィンドウを下げてくださり、ご挨拶しますとご所有者様ご本人でした。
意気消沈気味な気持ちが一気に喜びへ!心の中では、「あ~良かった!会えずに帰らずに!!」
お車を入庫され、玄関先で20分ほど立ち話しをさせていただきました。会話の内容は割愛させていただくとして、翌日の再度お会いしたときに、その時の状況をお話しくださいました。
「買い物に行く途中に、体調不良を感じどこも寄らずに、買い物もせずに自宅に引き返した」「ちょっと寄り道していたら会えなかったかも」との事でした。そのご事情をお聞きした時、ありがたいという感謝の気持ちとビックリしました。
普段は何度訪問してもお会いできない所有者様がいらっしゃるのに、なぜかそのような状況でお会いでき、お仕事のご依頼もいただくことが出来きたこと、感謝の気持ちで一杯です。振り返りますと、他の用事がなくても今日訪問しようというインスピレーションが、自身の心に浮かび躊躇なく行動したという事は、不思議以上のミステリーとしか感じられません。これをご縁というのでしょう。また、私に託された使命とでも言いますか、そのような大きな責任感を感じてなりません。
お釈迦様は、「縁なき衆生は度し難し」と説法しています。ただ、営業活動において縁があるか無いかをどう判断するかを自身の中で基準をもっていないといけないと思います。一度の訪問で会えなかったから、これはご縁がないと早々に諦めるのか、ご面会できるまでの訪問回数を何回と決めてそれ以内でお会いできなかったらご縁がないと判断するといった、自分なりの判断基準は持つべきではないかと思いました。