アキバのつぶやき

2025.03.14

Spring has come!

 先日の休みの日にいつもコースをウォーキングしてますと、ある公園の人工の小さい池の横を通りますと、カエルの鳴き声がしてきました。カエルの鳴き声というと夏から秋を思い出します。食用ガエルのあの独特の鳴き声が幼少の頃の夜の風物詩でした。

ところが、まだ肌寒いこの時期に、カエルの鳴き声を聞き、ちょっと季節感が分からなくなりました。小さい頃、スギ花粉で苦しんでいた時に、カエルの鳴き声を聞いた記憶が全くないのです。(私の小学生時代は花粉症という名称は無かった)

そもそもカエルが鳴くというのは、繁殖期が到来したからですね。ということは、カエルといっても様々な種類のカエルが存在しますので、この時期に繁殖期を迎えるカエルが、偶々私の散歩コースの池にいたという事だったのか。

無知というのは、いいものですね。たかがカエルの鳴き声ですが、新しい気づきに感動させられました。梅の花が咲き、朝の洗顔で水がぬるんできたと感じますと、もう春は来ています。

これからも、新たな気づきを感じられる感受性を失わないように、好奇心と探求心を養っていきます。

2025.03.13

落石注意の標識とは?

 昨年より始めた低山登山。休日が悪天候で、今週予定しておりました、曽爾村の兜岳登山を来週に延期いたしました。来週は今のところ登山日和の予報です。いつものところに友人と待ち合わせして、友人の車に乗り換えて一台で行く予定です。

道中の会話も楽しみなのですが、いつも思うことがあります。山道に入りますと、落石注意という標識が目立ちます。運転しながら、「注意しろと言われてもなぁ~」という感じです。

ところが、崖から石や岩が落ちてくるという意味ではなく、この先の道路にところどころ落ちている可能性があるので、走行に注意しなさいという意味もあると知りました。言われてみればそいう解釈もできるなぁと感心しました。

何十年もの間、上からの落石しか認識していなかった自分の浅はかさと、同じ事実に対して様々な解釈が存在するものなので、他人の考えや思いは、丁寧に聴くことが大事だなぁと改めて感じました。

2025.03.11

ドローン

 ドローンという無人飛行機が一般社会で活躍しだしたときは、空から荷物が自宅の庭に届けられる時代はもうすぐだろうと思っていました。現在では産業用に開発が進化し、テレビ放映での撮影器具とし、農作業では肥料や農薬の散布作業と、様々な分野で使われています。操縦する資格も国家資格となり取得者が年々増えているようです。

社会をよくするために活用されているドローンは、元々は軍事利用が目的で開発された歴史があり、今ではウクライナとロシアの戦争に、ドローンが頻繁に使われています。人の世の中に役立つものを、人を殺傷する道具にして使うという愚行を、いつ止めるのでしょう。

また無人攻撃することで、人間が持つ、本心良心の後ろめたさを、失ってしまったということはないと信じ、早期の停戦を実現していただきたいと思います。それにしても、トランプ大統領就任後は、株価も乱高下し、気づけば、日経平均は38,000円を割り込んでいるではないですか!ダウももうすぐ40,000ドルを割り込むのではないでしょうか。就任前は株価はうなぎのぼりに上昇するような報道が散見されました。

何とも予想は幻想ということで、現在をどう生きるかに思考を集中させることが、最も大事であるということを、改めて感じております。

2025.03.10

10を聞いて1を知る

我が家の子どもたちは全員成人し、末の次女は来月の4月から新社会人として働きます。詳しい仕事内容は聞いていないのですが、SE関連の仕事に従事するようです。昔と違いSEという仕事はAIに取って替わり易い分野と思うのですが、人手不足なのでしょうか。

何事も初めて取り掛かるとなりますと、緊張もしますし、分からないことだらけです。そこで、素直な気持ちで納得できるまで質問できるかできないかが、その仕事を好きになるかならないかの分水嶺となります。質問するのが恥ずかしいとか、しつこく質問することで無能と思われるのではないかという邪推があると、分かったことにしようと自分勝手な処理をしようとします。それでは本質を掴めないまま、時間を使うだけで、質の高い成果を生み出すことは難しくなります。成果がなかなか認められないことほど、人の気分を乱すものはございません。

ですので、新人さんは自分は何も知らないのだという素直な気持ちで、恥ずかしがらずに自分を卑下することなく、好奇心を失わずに質問していってほしいものです。「10を聞いて1を知る」という、スローな行動でいいのではないでしょうか。

そもそも子ども時代を振り返りますと、「なぜ、なぜ」と親や兄弟や近所の人に質問していたことはございませんか?ところが、両親がしっかりとそういう子どもの好奇心に向き合うことなく、面倒くさい態度で応接されてきた子どもは、不幸です。ご多分に漏れず、私もその一人です。
どうしてもそれがトラウマとなってしまっています。何度も質問することは悪いことだと植えつけられているので、腑に落ちるまで質問をくり返そうとしなくなります。

初老に入った年齢ではございますが、初心に戻りお客様にどしどし質問していきます。質問は恥ずかしいことではなく、相手をよりよく正しく知るスキルの一つであり、自分を向上させるエネルギーだという認識をもって、娘に負けずに、新しいことに取り組んでまいりたいと思います。

2025.03.09

不思議以上のミステリーを体験!

 先日の平日、ご実家をご相続登記された所有者様のお宅に訪問いたしました。弊社からは距離のある所にお住まいでした。普段は他の用事を兼ねて訪問することが多いのですが、結構寒かったのですが、その時は何故かその方のお家だけを訪問しようと気持ちが沸き起ったのです。

とある超一流ハウスメーカー様の立派なお家でした。意を決しインターフォンを押しましたがお留守のようで応答がございませんでした。小雨が降ってきましたので、名刺をお手紙を投函して帰社しようかとしていた時に、高級車が近寄ってきました。どうも住民の方の様でしたので、投函せずに車に近寄りました。車のウィンドウを下げてくださり、ご挨拶しますとご所有者様ご本人でした。

意気消沈気味な気持ちが一気に喜びへ!心の中では、「あ~良かった!会えずに帰らずに!!」
お車を入庫され、玄関先で20分ほど立ち話しをさせていただきました。会話の内容は割愛させていただくとして、翌日の再度お会いしたときに、その時の状況をお話しくださいました。

「買い物に行く途中に、体調不良を感じどこも寄らずに、買い物もせずに自宅に引き返した」「ちょっと寄り道していたら会えなかったかも」との事でした。そのご事情をお聞きした時、ありがたいという感謝の気持ちとビックリしました。

普段は何度訪問してもお会いできない所有者様がいらっしゃるのに、なぜかそのような状況でお会いでき、お仕事のご依頼もいただくことが出来きたこと、感謝の気持ちで一杯です。振り返りますと、他の用事がなくても今日訪問しようというインスピレーションが、自身の心に浮かび躊躇なく行動したという事は、不思議以上のミステリーとしか感じられません。これをご縁というのでしょう。また、私に託された使命とでも言いますか、そのような大きな責任感を感じてなりません。

お釈迦様は、「縁なき衆生は度し難し」と説法しています。ただ、営業活動において縁があるか無いかをどう判断するかを自身の中で基準をもっていないといけないと思います。一度の訪問で会えなかったから、これはご縁がないと早々に諦めるのか、ご面会できるまでの訪問回数を何回と決めてそれ以内でお会いできなかったらご縁がないと判断するといった、自分なりの判断基準は持つべきではないかと思いました。

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